東京高等裁判所 平成2年(行ケ)193号 判決 1992年11月24日
東京都新宿区西新宿二丁目一番一号
原告
三和シャッター工業株式会社
右代表者代表取締役
高山俊隆
右訴訟代理人弁理士
稲葉昭治
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官
麻生渡
右指定代理人
谷口浩行
同
中村友之
同
渋井宥
同
田辺秀三
主文
特許庁が昭和六一年審判第一〇二五号事件について
平成二年六月二一日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「開閉扉における蝶番取り付け装置」とする考案(後に「枠体におけるライナー部材」と名称を変更、以下「本願考案」という。)について、昭和五五年七月二五日、実用新案の登録出願をしたところ、昭和六〇年一〇月三〇日、拒絶査定を受けたので、同六一年一月一〇日、審判を請求した。特許庁は、平成元年五月一七日、本願考案の出願公告をしたが、特許異議の申立てがあり、平成二年六月二一日、右請求は成り立たない、とする審決をした。
二 本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲の記載と同じ)
「見込み面を躯体よりも離れた部位に位置せしあて脚部を介して躯体に建付すべく形成された枠体であって、該枠体の見込み面裏側には、一側面が枠体に面当てされる腹板部と、腹板部側縁から躯体方向に延びて枠体脚部とほぼ同面まで達し、かつ躯体に当接する脚部とで形成されるライナー部材を組付けて、該ライナー部材を、枠体の見込み面表側に取付けられる部材の取付用ライナーと、枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとに兼用せしめ、躯体に対して枠体の見込み面表側から取付すべく構成したことを特徴とする枠体におけるライナー部材。」(別紙図面(一)参照)
三 審決の理由の要点
1 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
2 引用例(実公昭五二-二七五七〇号公報)には、「見込み面を柱よりも離れた部位に位置せしめて脚部を介して柱に建付すべく形成された化粧竪枠の見込み面裏側に組付けられ、一側面が化粧竪枠に面当てされる丁番取付部と、柱体に当接する固着部及びこれらを連結する部分とからなる溝型鋼で形成した化粧竪枠におけるスペーサー一(別紙図面(二)参照)が記載されている。
3 本願考案と引用考案を対比すると、<1>引用考案における「化粧竪枠」及び「スペーサー」はそれぞれ本願考案における「枠体」及び「ライナー」に相当するから、引用考案における「化粧竪枠におけるスペーサー」は、本願考案における「枠体におけるライナー部材」に相当する。そして、構造を施す対象物である本願考案における物品が「枠体におけるライナー部材」であることは、考案の名称、実用新案登録請求の範囲の末尾の記載、その他本願明細書の記載からみて明らかであるから、両考案の物品は共に「枠体におけるライナー部材」である。
そこで、実用新案登録請求の範囲に記載の事項により特定され得る本願考案の「枠体におけるライナー部材」の構造と引用考案の構造を比較すると、<2>本願考案のライナー部材は「一側面が枠体に面当てされる腹板部」と「腹板部側縁から躯体方向に延びて枠体脚部とほぼ同面まで達し、かつ躯体に当接する脚部」からなるものである。これに対し、<3>引用考案における「溝型鋼の丁番取付部」は、本願考案における「腹板部」に相当しており、その構造についても右「腹板部」と実質上差異のない構造を備えている。また、引用考案における溝型鋼のその余の部分である「固着部及びこれらを連結する部分」は本願考案における「脚部」に相当していて、その構造についても右「脚部」と実質上差異のない構造を備えている。そして、<4>引用考案のライナー部材が腹板部と脚部に相当する部分からなり、それらの構造に関しても本願考案のものと実質上差異がないことの当然の結果として、引用考案は、本願考案が有する「ライナー部材を、枠体の見込み面表側に取付けられる部材の取付用ライナーと、枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとに兼用せしめ」るという機能をも有しているといえる。
もっとも、<5>本願考案のライナー部材については、「躯体に対して枠体の見込み面表側から取付すべく構成した」との限定が付されているが、右限定では、本願考案のライナー部材の構造は特定され得ないから、この点に実用新案の考案としての格別の工夫があるとすることはできない。また、<6>取付部材をはさみ金を介して被取付部材に取り付ける場合に、取付部材をその表側から取付手段により取り付けることによりはさみ金をも取り付けるようにすることは、従来から普通に行われていることであり、前記の限定に意味があるとしてもその程度のことを意味しているにすぎないから、いずれにしても、その限定に格別の考案があるものとすることはできない。
そして、<7>本願考案の物品の構造それ自体から期待できる本願明細書に記載の効果は、引用考案から期待できる程度のものである。(右の<1>ないし<7>の数字は当裁判所が便宜付したものである。)
4 したがって、本願考案は、引用考案と同一であるから、実用新案法三条一項三号により実用新案登録を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1、2は認める。同3<1>、<2>及び<6>のうち、従来技術の内容については認めるが、その余は争う。審決は、本願考案と引用考案の構造上の相違を看過した結果、本願考案と引用考案の対比を誤り、引用考案にも本願考案のライナー部材が有するところの枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとしての機能があると誤認した結果、両考案を同一としたものであるから、違法であり、取消しを免れない。
1 審決は、引用考案の「溝型鋼の丁番取付部」が本願考案の「腹板部」に相当し、両者の構造についても実質上差異がないと認定している(前記審決の理由の要点<3>)が、誤りである。すなわち、両者は、枠体の見込み面裏側への組付面と、枠体の見込み面表側に取り付けられる丁番等の部材の取付面としての構造を有している点では一致するが、本願考案のライナー部材の「腹板部」は、右以外に枠体に組付けられたライナー部材自体の躯体への取付面としての構造をも有している点で相違している点を審決は看過しているから、審決の前記認定は誤りである。なお、この点について審決は、本願考案の「腹板部」の構造上の解釈について、「予め枠体に組付けられたライナー部材を、枠体の見込み面表側から取付けすべく構成した」との限定につき、「取付部材をその表側から取付手段をもって取り付けることにより、はさみ金をも取付けてしまう」ことを前提として、右の限定は「その程度のことを意味している」と認定していることからすれば、当然に本願考案の「腹板部」が、枠体に組付けられたライナー部材自体の躯体への取付面としての構造を有していることを認識し得たはずであり、それにもかかわらず、引用考案の「丁番取付部」と実質上差異がないとした審決の前記認定は、右の認定部分と整合性を欠くことは明らかである。
次に、審決は、引用考案の「固着部及びこれらを連結する部分」は本願考案の「脚部」に相当し、両者の構造に実質上の差異はないと認定している(前記審決の理由の要点<3>)が、誤りである。すなわち、両者は、枠体の見込み面が躯体よりも離れた部位に位置する場合の枠体の変形を防止する補強脚としての構造を有している点で一致するが、本願考案の「脚部」は、躯体に対して枠体の脚部と同等の当接機能をもって枠体と共に一体的に移動できる構造となっているのに対し、引用考案の「固着部及びこれらを連結する部分」の「固着部」は、躯体(柱)にライナー部材自体を取り付けるための固着面としての構造を有している点で相違しているから、審決の前記認定は誤りである。
2 以上の構造上の差異に起因して、両考案には、以下のような機能上の差異がある。すなわち、本願考案においては、予め枠体に組付けられ、その両側縁に枠体と共に一体的に移動可能な脚部を備えた腹板部を、枠体の見込み面表側から取り付けることにより、ライナー部材が「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー」としての機能、すなわち、ライナー部材が「ライナー部材の躯体への取付作業を、そのまま枠体の躯体への建付作業とすることができる」という枠体と躯体相互間において建付の調整を可能とする作用効果をも奏するのに対し、予め躯体に取り付けられた引用考案のライナー部材の「丁番取付部」は、単に枠体の組付面、丁番等の取付面としての構造を有するのみであるから、本願考案の奏する右のような効果を奏するものではない。
3 以上のとおり、審決は、本願考案のライナー部材の「腹板部」が、躯体に対する枠体脚部と同等の当接機能を有する「脚部」との関係で、枠体を躯体に建付調整するための機能を有する「ライナー部材の躯体への取付面」としての構造を有するのに対し、引用考案の「丁番取付部」にはかかる構造が欠けているという相違がある点を看過し、引用考案も本願考案と同様に「枠体を躯体に建付するための補強用ライナーに兼用せしめる」との機能を有すると誤って認定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
第三 請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因に対する認否
請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。
二 反論
原告は、本願考案のライナー部材が枠体と躯体との取付けにおける調整機能、すなわち、「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー部材」としての機能を有すると主張するが、審決の本願考案の構造に係る認定に誤りはなく、また、原告の主張する建付調整機能は、以下に述べるとおり、本願明細書の記載に基づかない主張であるから、失当である。
1 本願考案に係るライナー部材の構造は、実用新案登録請求の範囲の「一側面が枠体に面当てされる腹板部と、腹板部側縁から躯体方向に延びて枠体脚部とほぼ同面まで達し、かつ躯体に当接する脚部とで形成されるライナー部材」との記載によって特定されるものであって、その余の記載は、本願考案のライナー部材の使用のプロセスないし使用方法あるいは本願考案のライナー部材の構造が有する自明の機能を規定しているにすぎず、ライナー部材自体の構造を規定するものではない。このことは、実用新案登録請求の範囲の「躯体に対して枠体の見込み面表側から取付けすべく」との記載事項についても同様であり、右記載事項は単に本願考案のライナー部材の使用上のプロセスに係わる事項を規定しただけであり、右の記載事項によって、本願考案に係るライナー部材の構造は何ら特定されない。
したがって、前記記載から特定される本願考案に係るライナー部材の構造を引用考案の構造と対比すると、両考案の構造は同一であるから、審決の判断に誤りはない。
2 次に、本願考案の奏する機能についてみる。本願考案の実用新案登録請求の範囲には、本願考案の機能に関し、「枠体の見込み面表側に取付られる部材の取付用ライナーと、枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとに兼用せしめ(る)」との記載があるところ、前者の「枠体の見込み面表側に取付られる部材の取付用ライナー」の機能は従来のライナー部材も有したライナー部材本来の機能であることは明らかである。そこで、後者の「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー」との記載につき、これを本願明細書中の考案の詳細な説明における記載と対応させてみると、ライナー部材の従来技術においては、「従来、蝶番、ドアチェック等のライナー部材は、平板形状のものを使用していたため、その負荷荷重はもっぱら枠体のみで保持しなければならず、この為、近年の金属材料の高騰に対処すべく肉厚減少によるコストダウンを図ることは強度上の問題により困難であった。」(甲第五号証二欄四行ないし九行)とし、更にこの点につき、本願明細書の第一図に記載の従来使用のライナー部材は、薄い平板形状のものであって、本願考案のような躯体に当接する脚部の如き部分を有していないことから、これを蝶番等の取付けのために枠体に用いた場合、蝶番等の負荷荷重は、ライナー部材を介して躯体へ伝達されないため、すべて枠体で受けることとなり、枠体の肉厚を減少させると枠体が変形する等の強度上の問題が生じ、肉厚減少によるコストダウンが困難であることが認められるのである。そこで、本願考案においては右課題の解決を目的として、前記本願考案の要旨記載の構成を採用したものであることは、「肉厚の薄い枠体を使用したものであっても、蝶番等の負荷荷重を受けて枠体が変形する等の強度上の問題を解消し得て、もって枠体のコストダウンを可能にしたライナー部材を提供せんとするものである。」(甲第五号証三欄四行ないし八行)との記載から明白である。このことは、本願考案の出願当初の明細書(甲第二号証)にも本願考案の唯一の目的として記載されている点からも明らかである。このように、前記の課題の解決は本願考案と密接不可分の本質的事項であるから、実用新案登録請求の範囲の解釈に当たっても当然に参酌されるべき事項であり、これと整合するように解釈されなければならない。
かかる観点から、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載をみるに、本願考案における「枠体におけるライナー部材」は、「一側面が枠体に面当てされる腹板部」と「腹板部側縁から躯体方向に延びて枠体脚部とほぼ同面まで達し、かつ躯体に当接する脚部」から成るものであるから、かかるライナー部材を枠体を躯体に建付けするための枠体の見込み面裏側に組付けた場合には、ライナー部材は、腹板部が枠体の見込み面裏側に面当てされ、従来の平板形状のライナー部材と同様に、蝶番等枠体見込み面表側に取り付けられる部材を取り付けることができるので、「枠体の見込み面表側に取付けられる部材の取付用ライナー」として用いることができ、これが前記の「枠体の見込み面表側に取付られる部材の取付用ライナー」としての機能であることは、前述のとおりである。そして、その場合、蝶番等枠体見込み面表側に取り付けられる部材の負荷荷重は、ライナー部材の腹板部から脚部に伝達され、その脚部は、躯体に当接するものであるから、その負荷荷重は脚部を介して躯体に伝達される結果、その負荷荷重は、専らライナー部材で受けて、これを枠体のみで受けなくて済むこととなり、枠体の建付時に生ずる枠体の強度に関する前記の問題は解決されることになるのである。このことは、枠体の建付強度が弱い点を本願考案が採用したような構造のライナー部材を用いることにより補強したことに外ならないから、実用新案登録請求の範囲に記載の「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー」の機能とは、以上に述べた本願考案が掲げた前記課題の解決によって始めて得られた、従来のライナーの機能に付加された新たな機能であるとみるべきである。このように、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載された「該ライナー部材を、枠体の見込み面表側に取付けられる部材の取付用ライナーと、枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとに兼用せしめ」るとの二つの機能は、前者が蝶番等の枠体の見込み面表側に取り付けられる部材の取付けの際、取付けの用に供し得るようにした従来技術及び本願考案の別なく有する機能であるのに対し、後者の機能が本願考案によってはじめて付加された機能であるとみることができるのである。
このことは、本願考案の詳細な説明の〔作用〕の項をみるとより一層明らかである。同項には、「枠体の寸法、角度出しは本実施例の如く躯体が木の場合には必要箇所にスペーサーを介装し、枠体3見込み面の裏側に面当てした<省略>状のライナー部材6の脚部6'、6'先端を躯体4に当てて、枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとして、あるいは、枠体見込み面表側に取付される蝶番等の部材の取付ライナーとして使用する。」(甲第五号証三欄三八行ないし四四行)と記載され、続いて「前者の場合にあっては、ライナー部材6の腹板部の上下に設けられた長穴に対して、枠体を皿しぼり加工してバカ孔を設け、外部より止ねじ5により躯体に建付する。従って枠体の建付は、ライナー部材6を介して躯体に対して一体的に行われる結果となり、建付を強固に行なうことができ、従来の如き強度を必要とする部位における止ねじの締付すぎ、或いは、ドアやドアチェック等の負荷荷重を受けて枠体が破損することを確実に防止することができるものである。」(甲第五号証四欄一行ないし一〇行)と記載されている。右記載における「前者の場合」とは、前記の「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー」を指すものであるから、右記載は右の補強用ライナーについての記載であると理解できるから、この記載に照らせば、「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー」とは、枠体を躯体に建付するときの補強を目的に使用されていることが明らかである。
また、右記載に続いて、「一方後者の場合にあっては、ライナー部材6の腹板部に設けられた蝶番用固定ねじ孔に対し、予めドア側に取付けられた蝶番を取外し、ドアを吊り込む。」(甲第五号証四欄一一行ないし一四行)と記載されており、右「後者の場合」とは、前記の「枠体の見込み面表側に取付される蝶番等の部材の取付用ライナー」を指すものであるから、右記載は「枠体の見込み面表側に取付けられる部材の取付用ライナー」の説明と解することができ、この機能は既に述べたように、蝶番等の枠体の見込み面表側に取り付けられる部材の取付けの際、その取付けの用に供し得るようにした機能であるから、本願考案も従来技術も共に備えている機能である。
さらに、右記載に引き続いて、「従って、蝶番の取付部位或はドアチェック取付部位におけるドア、ドアチェックの負荷荷重はライナー部材6のみに負荷がかかるものでありながらライナー部材6は、その脚部片を介して躯体に対して一体的に取付けられているから従来の如く枠体に直接作用することがなく、枠体の変形を確実に防止できる。即ち、枠体3の見込み面は躯体4から離れるように<省略>状に形成してあるのでライナー部材等の突出部があっても建付時に影響がなく、また扉の荷重は 状の蝶番からライナー部材6で受け、躯体で受止あられるので枠体には伝わらない。従って、枠体には負荷は掛からないので肉厚を薄くしても扉の荷重による変形及び損傷はなく、またコストダウンできる。」(甲第五号証四欄一五行ないし二九行)との記載があるが、この記載は、本願考案が付加した前記補強用ライナーの機能について述べたものであると解することができる。
以上のように、本願明細書の右各記載を通じて、一貫して記載されている共通の技術内容を抽出すると、「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー」の機能とは、枠体に蝶番等の取付けのたあのライナー部材を用いた場合に、その蝶番等を取付けした部位における負荷荷重を枠体で受けることなくライナー部材で受け得るようにして、枠体が変形等することのないようにしたライナー部材の機能を意味していることは明らかである。
以上述べたように、本願明細書中に、原告の前記主張を裏付ける記載はないから、その主張が失当であることは明らかである。
第四 証拠
証拠関係は、書証目録記載のとおりである。
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 審決の取消事由について
原告は、本願考案のライナー部材の「腹板部」がライナー部材自体の躯体への取付面としての構造及び本願考案の「脚部」が躯体に対して枠体の脚部と同等の当接機能をもって枠体と共に一体的に移動できる構造を有し、かかる構造に起因して、「枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとに兼用せしあ」る機能、すなわち、枠体の躯体への取付過程における建付調整機能を有するのに対し、引用考案の「丁番取付部」及び「固着部及びこれらを連結する部分」は、右いずれの構造も有しないのに、審決は右構造上の相違を看過して両考案を対比した結果、両考案は機能においても「枠体を躯体に建付するたあの補強用ライナーとに兼用せしめ」る点において共通すると誤って認定判断し、両考案は同一であるとしたものであるから違法であると主張するので、以下、この点について検討する。
1 まず、本願考案のライナー部材の構造について検討する。
前記当事者間に争いのない本願考案の要旨によれば、本願考案に係るライナー部材は、「腹板部」と「脚部」から成り、「腹板部」の一側面は、枠体の見込み面裏側に面当てされ、「脚部」は、「腹板部」側縁から躯体方向に伸び枠体脚部とほぼ同面まで達して躯体と当接するものであることが認あられる。そして、本願考案に係るライナー部材と躯体との接合状況を規定する前記本願考案の要旨の「幅体に対して枠体の見込み面表側から取付すべく構成したことを特徴とする枠体におけるライナー部材」との記載部分を、「腹板部」の一側面が枠体の見込み面裏側に面当てされるとの前記の位置関係を踏まえてみてみると、枠体見込み面裏側に面当てされる「腹板部」の一側面は、枠体の見込み面を介して、本願考案に係るライナー部材の躯体への取付面をなしているものと解することができる。被告は、本願考案の要旨の前記部分は、本願考案のライナー部材の使用上のプロセスを示したにすぎず、ライナー部材自体の構造を特定するものではないとするが、前記記載中の「・・・見込み面表側から取付すべく構成したことを特徴とする・・・ライナー部材」との記載方法からすると、右記載部分がライナー部材の躯体に対する取付面の所在位置を規定していることは明らかであるから、単に使用上のプロセスを規定したというに留まらず、ライナー部材自体の構造をも右の限度で規定しているものと解するのが相当である。したがって、審決が本願考案の要旨中の前記部分をもって「ライナー部材の構造は特定され得ない」とする点は誤りであるというべきである。もっとも、審決は、前記の「躯体に対して枠体の見込み面表側から取付すべく構成した」との記載の有する意義について、「取付部材をはさみ金を介して被取付部材に取付ける場合に、取付部材をその表側から取付手段により取付けることによりはさみ金をも取付けるようにすることは、従来から普通に行われていることであり、前記の限定に意味があるとしてもその程度のことを意味しているにすぎない」としているところからすると(この事実は当事者間に争いがない。)、右「はさみ金」が本願考案のライナー部材に相当することは明らかであるから、審決においても、本願考案の要旨記載の前記の枠体見込み面裏側に面当てされる「腹板部」の一側面が、本願考案のライナー部材の躯体への取付面を規定する趣旨まで否定するものではないとも解することができる。そこで、次に、本願考案における「腹板部」と躯体との右接合関係を踏まえて本願考案の「脚部」の構造をみると、「脚部」は、前記のとおり枠体脚部とほぼ同面まで達して枠体脚部と一体となって躯体と当接するものであるから、「脚部」が躯体に固着されるものでないことは前記の本願考案の要旨から明らかというべきである。
2 次に引用考案の構造について検討する。
成立に争いのない甲第七号証(引用考案に係る実用新案公報記載の明細書)によれば、引用考案は「ドアの吊込み構造」に係る考案であり、断面略L字型をした化粧竪枠と「スペーサー」からなり、右「スペーサー」(これが本願考案に係るライナー部材に相当することは当事者間に争いがない。)は、短寸の溝型鋼からなり、その一方の側壁をほぼ丁番板の大きさに形成して「丁番取付部」とし、他方の側壁を右側壁、すなわち「丁番取付部」より僅かに突出させ、その突出部をドア吊込開口部の内側面への「固着部」として形成したもので、この「固着部」をドア吊込開口部の内側面に固着した上、前記の化粧竪枠を覆着し、この化粧竪枠を介してドアに取り付けた丁番を「スペーサー」の「丁番取付部」に固着する構造のものであることが認められる(引用考案に係る実用新案登録請求の範囲参照)。
3 そこで、以上に認定の本願考案のライナー部材と引用考案の「スペーサー」の構造を対比してみるに、引用考案の「スペーサー」においては、本願考案の「腹板部」に相当する「丁番取付部」(この事実は当事者間に争いがない。)の反対側の側壁である「固着部」がドア吊込開口部の内側面、すなわち、本願考案にいう躯体に固着されるものであって、「丁番取付部」、すなわち本願考案における「腹板部」が躯体への取付面をなすとの構造を有しないことは明らかである。
してみると、引用考案は、本願考案の「腹板部」に相当する「丁番取付部」が躯体への取付面としての構造を有しない点及び本願考案の「脚部」に相当する「固着部及びこれらを連結する部分」における「固着部」が躯体に対して固着されるものであって、枠体の脚部と同等の当接機能をもって枠体と共に一体的に移動可能な構造を有しない点において、両考案はその構造を異にするものといわざるを得ない。
4 以上によれば、両考案は構造において既に異なるものというべきであるから、両考案の構成を同一のものと認めることができないことは明らかであるが、進んで、前記の構造上の相違に起因する機能上の差異についても検討することとする。
まず、本願考案のライナー部材の奏する機能について、本願考案の実用新案登録請求の範囲には、「該ライナー部材を、枠体の見込み面表側に取付けられる部材の取付用ライナーと、枠体を躯体に建付するための補強用ライナーとに兼用せしめ(る)」との記載があり、前者の「枠体の見込み面表側に取付けられる部材の取付用ライナー」としての機能を両考案が奏することは、前記1、2に認定した両考案の構造に照らして明らかであり、この点は当事者間にも争いのないところである。そこで、後者の「枠体を躯体に建付するための補強用ライナー」の機能についてみるに、原告は、右記載箇所は本願考案の奏する建付調整機能を意味するとするのに対して、被告はこれを争うので、以下検討する。
まず、本願考案に係る実用新案登録請求の範囲にいうところの「建付する」の用語の有する一般的な語義についてみると、成立に争いのない甲第九号証(昭和五一年三月二〇日株式会社彰国社発行、同社編「建築大辞典」九一八頁)によれば、「建付け」とは、「建具と、竪枠・柱や方立てとの接触面の正確度」をいうものと認められ、また、成立に争いのない甲第一〇号証の二(昭和三五年一二月一〇日株式会社三省堂発行、金田一京助その他編集「三省堂国語辞典」四九七頁)によれば、「立て付け・建て付け」とは、「戸・しょうじのあけたてのぐあい。」とあり、「建て付ける」がその動詞として示されており、さらに、同号証の一(昭和四四年一二月一日株式会社角川書店発行、久松潛一他編集「角川国語辞典」六三五頁)には、「立て付ける」とは、「戸・障子などを、ぴったりとりつける。」との記載があることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。そうすると、これらの記載からすると、「建付する」とは、特段の留保のない限り、「建具と、竪枠・柱等との接触面を調整して建具を竪枠・柱等に正確に取り付ける」こと、すなわち、建具の躯体への取付過程における調整行為を意味するものと解するのが相当というべきである。そこで、この解釈に立脚して前記の本願考案の実用新案登録請求の範囲の「枠体を躯体に建付けするための補強用ライナー」との記載についてみると、本願考案における「枠体を躯体に建付けする」とは、「枠体」と「躯体」との接触面を調整して「枠体」を「躯体」に正確に取り付けることを意味するものと解することが可能というべきである。してみると、本願考案の実用新案登録請求の範囲には、本願考案のライナー部材の有する建付調整機能が記載されているものと解することができるところであり、かかる機能が、本願考案の前記認定に係る「腹板部」が有する躯体への取付面としての構造及び「脚部」が有する枠体と共に一体的に移動可能な構造に起因するものであることは、右の構造自体から明らかなところである。そして、引用考案が本願考案の「腹板部」及び「脚部」の有する前記構造を有しないことは既に述べたとおりであるから、引用考案が本願考案の奏する建付調整機能を有しないことは明らかである。
5 被告は、原告主張に係る本願考案の建付調整機能なるものは、本願明細書に基づかないものであるから失当であると主張するので、以下この点について判断する。
本願考案の有する「建付調整機能」は、前述したとおり、本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載された本願考案の構造及び機能に関する記載自体から読み取ることが可能というべきであるから、被告の主張はこれを看過した点において既に失当というべきであるが、なお念のために、本願明細書に即して検討してみるに、いずれも成立に争いのない甲第五号証(本願考案の実用新案出願公告公報)及び同第六号証(平成二年四月二三日付け手続補正書)によれば、補正された本願考案の実用新案出願公告公報の「考案の詳細な説明」の欄には、「従来技術及び考案が解決しようとする問題点」として、「一般に、ドア等の枠体には、その見込み面裏側に工場にて取付けられた蝶番ライナー、ドアチエツクライナー、ストライキボツクス、フランジ落し受ツボ等の部材や、これらを取付けたビス等が突出しており、枠体の見込面を直接躯体に建付ようとすると、これら突出部のため躯体を切欠く等の加工をしなければならず、現場作業性を著しく損なうばかりか、この種開口部は、枠体組立て後、嵌め込み方式をとらなければ建付できないことから、開口寸法を大きめに設置しており、このため枠体の建付は、その見込み面を躯体より離れた部位で行わなければならず、枠体形状を断面<省略>型とする必要がある。」(一欄一七行ないし二欄三行)との記載があり、これによれば、ドア等の枠体の躯体への建付に伴う従来技術の問題点として、直接躯体に建付ける場合には、躯体を切欠く等の加工を必要とする点、及び枠体の建付は、枠体見込面を躯体よりも離れた部位で行わなければない点等が、枠体の建付に関する改善を要する問題点として指摘されているということができる。そして、本願考案は、右の問題点等を解決する手段として、前記当事者間に争いのない本願考案の要旨記載の特徴を有するライナー部材を採用したものであるところ、前掲各甲号証によれば、本願考案のライナー部材においては、「枠体の見込み面を躯体から離れた部位に位置せしめて脚部を介して躯体に建付された形状の枠体を使用したものでありながら、枠体脚部を躯体に当接させた状態から従来と同様の建付作業が行える」(二欄二五行ないし三欄一行)ことから、「工場でのライナー部材等の組付出荷、現場での枠体建付作業に何らの影響を与えることなく、ライナー取付作業をそのまま枠体の建付作業とすることができ(る)」(三欄一行ないし三行)との記載が認められ、この記載によれば、建付調整に関する従来技術の問題点の指摘としては必ずしも明確とはいえないが、ライナーの取付けと枠体の建付が同時に可能となるという本願考案の奏する建付調整機能が一応開示されているものと解することができる。
確かに、前掲甲第五号証及び同第六号証によれば、本願明細書中には、被告が指摘する各記載が認められ、これらの記載からすれば、本願考案が従来の平板形状のライナーが有したドアを取り付けた場合の付加荷重を枠体のみで受けなければならないという問題点の解決を本願考案の重要な課題としている事実が認められるところである。そして、本願明細書の考案の詳細な説明においては、原告主張の建付調整機能に関する明確な記載が見いだし難いことは前記のとおりである。しかしながら、本願考案のライナー部材が奏する建付調整機能は、前記のとおり、本願考案の登録請求の範囲記載のライナー部材自体の構造に起因するものであり、かつ、右記載中にも建付調整機能と解することが可能な記載が存する以上、たとえ、考案の詳細な説明中において右機能についての直截な記載がないとしても、かかる機能を否定することはできないというべきであり、この点に関する被告の主張は採用できない。
したがって、審決は、両考案の前記の構造上の相違、ひいてはかかる構造上の相違に起因する機能上の差異を看過し、両考案を同一と判断したものであるから、右判断は誤っているものといわざるを得ず、この誤りが審決の結論に影響することは明らかであるから、審決は違法といわざるを得ない。
三 よって、本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用として、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 田中信義)
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
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